1828年の2月8日は、SFの父とも呼ばれるジュール・ヴェルヌの誕生日。
この日にちなんで再現するのは、彼の代表作の一つである冒険小説『海底二万里』に登場する料理にヒントを得た一品。シーフードクリームを詰めたパイ料理です。
最新鋭の潜水艦・ノーチラス号の食事とは
ネモ船長お気に入りの豪華料理は海産物づくし
本作に限らず説明的で、科学に関する知見が随所で展開されるヴェルヌ作品。
描写があまりに細かい部分に及ぶため、本筋から逸れがちな面があるのは否めませんが、ノーチラス号での生活に関する表現も大変丁寧。
海中における暮らしを想像する手助けをしてくれます。
たしかにストーリーを追う際は邪魔にもなりそうですが、どんな食材を使っているのか細かく描写されているのは素敵なところ。食事風景についても想像しやすくなっています。
そんな『海底二万里』から今回再現するのは、本作の語り手である海洋生物学者ピエール・アロナックス教授が第14章で食べる夕食メニューの一つ。
すると、そこには夕食の支度がしてあって、メニューは最高のアカウミガメを使った亀肉のスープ、白身の肉片がパイ状に重なったヒメジ──その肝を取り分けて調理したものも絶品でした──、それにタテジマキンチャクダイの切り身でした。この切り身は私にはサケよりも美味に思えました。
引用:ジュール・ヴェルヌ,渋谷 豊『海底二万里 上』角川文庫(Kindle版)
食材には海産物しか使わないポリシーのネモ船長率いるノーチラスの食事らしく、教授の自室に用意されていた献立はシーフードづくし。
現代の私たちからするとヒメジ以外は食材なの? と疑問がわきそうですが、19世紀におけるウミガメのスープは貴族が愛した高級料理という位置づけです。
タテジマキンチャクダイやヒメジの料理も絶品・美味と評されていますし、ネモ船長はこだわりが強いだけでなく、グルメでもあるようですね。
乱獲によるウミガメの激減を受けて作られ流行した「偽ウミガメのスープ」については以下でどうぞ。
不思議の国のアリス|偽ウミガメのスープ
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材料・調理法の考察
ウミガメのスープとタテジマキンチャクダイの切り身については、代わりとなる食材の入手もちょっと難しそうですから、あり得るのはヒメジ(白身の魚)を使った料理ですね。
とはいえ白身魚の肉がパイのように重なった料理……と言われてもあんまりイメージがわかないので、ちょっと一捻り。
19世紀の英語版のいくつかに確認される、ヒメジ料理についての「a surmullet served with puff paste(パイを添えたヒメジ)」という誤訳が面白いので、アイデアとして拝借することにしましょう。
原作でも冒頭で引用した日本語版でもヒメジの料理については「白身の肉片がパイ状に重なったヒメジ」なんですが、想像しにくいのでパイ料理の方に引っ張られちゃったのかなと。
気持ちも分からなくないですし、この発想から今回は白身魚を使ったパイ料理という方向で。
シーフードを使ったパイ料理というと、パイ皮のケースに鶏や魚のクリーム煮を詰めた「Vol-au-vent(ヴォロヴァン)」がクラシックフレンチという感じだしいいかも。
ネモ船長はフランス人ではありませんが、インドの王家出身(船長、実は王子様なんですよね)で教養もあり、洗練された人物として描かれているのでイメージにも合いますね。
作中には「クジラの乳から作ったクリーム」なるものも登場するため、クリーム煮が献立に登場するのも自然でしょう。
ノーチラス号というとクラーケンとの戦いのシーンは特に有名ですから、白身の他にイカやタコを加えるのもありかなあ……。
大筋が固まってきたので、今回もレシピを組みたてていきたいと思います。
ヴォロヴァンを作ってみよう
海底二万マイル|ノーチラス号のヴォロヴァン
パイケースの型抜き用に、大きさの異なるセルクルやグラスなどが必要です(直径8cm・6cm程度)
材料(φ8cmのパイケース4つ分)
- パイケース用
冷凍パイシート_4枚(10×18cmサイズ角型タイプの場合)
卵液(全卵を牛乳小さじ2+塩ひとつまみで溶いたもの)_適量
- いかのすり身団子用
冷凍イカ_100g
はんぺん_1/2枚(30-35g程度)
片栗粉_大さじ1
白ワイン_小さじ1
ドライタラゴン_ひとつまみ
こしょう_少々
- シーフードクリーム用
セロリ_1/5本
玉ねぎ_中1/8個
マッシュルーム_3-4個
チャービルもしくはイタリアンパセリ_大さじ1程度
生クリーム_1/2カップ
バター_10g
小麦粉_大さじ1/2
塩こしょう_適量
- その他
フレンチドレッシングで和えた海藻サラダ_お好みで
作り方
- 下準備
- パイシートは冷蔵庫に半日ほど置いて解凍しておく
- パイケースの準備
- オーブンは190℃で予熱しておく
- パイシート2枚にフォークで空気穴をまんべんなく開け、8cmの型で抜いて土台用のパーツを4枚作る
- 残り2枚のパイシートは8cm型の中央を6cm型で抜き、リング型と丸型のパーツを作っておく
- 土台用のパーツにリング型パーツを重ねて卵液を塗り、オーブンの中段で15分→焼き色がついたら温度を160℃に下げて5分ほど焼く
- 粗熱が取れたらパイ皮の中央を押してくぼませ、ケース状にすれば完成
- いかのすり身団子の準備
- 冷凍イカは塩水解凍(解凍方法についてはシュリンプカクテル記事参照)し、包丁で粘りが出るまで叩いておく
- はんぺんはマッシャーで潰してすり身状にしておく(フードプロセッサーを使う場合は材料をすべて入れ、滑らかになるまで攪拌すればOK)
- ボウルにすべての材料を加え、よく練る
- スプーンなどですり身を一口大にまとめ、沸騰した湯で2-3分ほど茹でれば出来上がり
- クリームソースの準備・仕上げ
- マッシュルームは7-8mm大にカット、チャービル・玉ねぎ・セロリはみじん切りにしておく
- フライパンで玉ねぎ・セロリを炒め、しんなりしたらマッシュルームを加えてさらに炒める
- 2に小麦粉を振り入れて粉気がなくなるまで炒め、生クリーム・いかのすり身団子を加えて5分ほど弱火で煮る
- 塩こしょうで味を整え、仕上げに刻んだチャービルを加えてひと混ぜすればソースの完成。パイケースにクリームソースを詰め、海藻サラダを添えて召し上がれ
食後のヒトコト
タラゴンの香りが効いた柔らかなお団子に、クリーミーなソースがよく絡んで美味しい……。
今回はテーマに合わせて魚の白身としてはんぺんとイカのすり身を合わせたお団子を作りましたが、もっと簡単に作るなら写真のようにシーフードミックスに置き換えてもいいですね。
パイケースに詰めたドレッシーな佇まいですが、今回は付け合わせを海藻サラダにしているため、フォーマルだけれどちょっとユニークな印象になったかも。
パイ料理に海藻サラダを合わせて食べたことって多分ないと思うのですが、意外と悪くありません。
磯の香りはやっぱりするのでブラックペッパーは強め推奨なものの、海を感じさせる一皿に仕上がりました。
そういえば、『海底二万里』についてはディズニーによる実写ドラマ版の企画が進行しているそうですね。
原作の前日譚を描いた作品とのことで、ネモ船長の出自に迫る内容になるのかな? クランクインも間近ということで、今から楽しみです。