今回再現するのは、ミヒャエル・エンデ不朽の名作として知られる児童文学作品『モモ』に登場する朝ごはん。
モモが夢中になっていたマイスター・ホラの素敵な渦巻きパンも、冷凍のパイシートを使えば比較的簡単に用意することができますよ。幸せな金色に彩られた素晴らしい朝ごはん、あなたもさあ召し上がれ!
マイスター・ホラの朝ごはんとは
巻きパンにバター、はちみつにホットチョコレート!全て金色づくしの素敵な朝食
テーブルの上には、ずんぐりとした形のポットと、二つの小さな茶わんとおさら、それにスプーンとナイフがならんでいました。どれもこれも、ピカピカの金でできています。金褐色にパリッと焼けた巻きパンが小さなかごにならんでいて、金色のバターの入った小鉢と、まるで液体の金のように見えるはちみつの入ったつぼもあります。マイスター・ホラは、ずんぐりしたポットから両方の茶わんにチョコレートをついでから、身ぶりよろしく食事をすすめました。
引用:ミヒャエル・エンデ著・大島かおり訳『愛蔵版 モモ』岩波書店
マイスター・ホラは、人々の時間を奪う灰色の男たちから追われるモモを助けた時間の国の主。30分先の未来を見通せる賢いカメのカシオペイアをモモのところに遣わし、時間の国に導いた不思議な時の番人です。
そして時間の国に無事たどり着いたモモにホラが振る舞ってくれたのが、この金色に彩られた素晴らしいメニューの数々。
金褐色に香ばしく焼き上げられた巻きパンに、つややかに光るバターやはちみつと金色づくしの朝食はいかにも美味しそう。モモが夢中で平らげてしまったのも納得ですね。
材料・作り方の考察
まずはこの、マイスター・ホラの素敵な朝食のテーブルに並ぶメニューをひとつひとつ見ていきましょう。最初は何といってもこの朝食一番の主役「金褐色にパリッと焼けた巻きパン」について。
本作『モモ』は架空の世界を舞台にした物語ではありますが、ドイツ文学者の子安美知子氏よるエンデのインタビュー集『エンデと語る: 作品・半生・世界観』でも「イタリア、特にローマに対する感謝の捧げものである」と明言されている通り、イタリアとの結びつきが強く見られる作品です。
作中の登場人物名に「ベッポ」「ジジ」などイタリアでよく見られるニックネームが多く、主人公モモの住まいもローマにあるコロッセオを思わせる円形劇場の跡地であることからも、本作は「イタリアをベースにした架空の街」で展開されている物語なのだと考えて良いのでしょう。
『モモ』を執筆した当時のエンデは窮屈なドイツの文壇(1960~80年代頃のドイツ文学界でファンタジー小説などは現実からの逃避だとして批判され、不遇な扱いを受けていたそうです)から離れるためイタリアに移住していますし、イタリア北部のヴェネト州にはまさに「渦巻きパン」なルックスの「Bovolo(ボーヴォロ)」というパンがありますから、素直に作中の世界観に合わせるならイタリアのパンかなというところ。
ただ、エンデ自身はオーストリアとの国境にほど近いドイツ南部の町、ガルミッシュ生まれのドイツ人。
後年エンデは自らの母語であり、作家としての仕事道具でもあるドイツ語が錆びつくのを恐れて母国に戻っていますし、イタリアで生活していた時にもドイツへの想いはいつも心にあったことでしょう。
物語の第6章では「時間とは、生きることそのものなのです。そして人のいのちは心を住みかとしているのです。」という印象的なフレーズも登場しますから、参考にすべきはエンデの心にいつもあったであろう祖国、ドイツで食べられているパンなのかも……?
自由な創作を可能にしてくれたイタリアへの感謝はあったにせよ、故郷への想いはまた別物でしょうし。
それに、モモに素敵な朝食を振るまってくれたマイスター・ホラも現実の空間とは異なる「どこにもない家」の主人。であれば、特にイタリアのパンにこだわらなくても良さそうですね。
という訳でドイツの渦巻きパンをちょっとリサーチ。渦巻き状の菓子パンというと、日本でもお馴染みなのはアメリカのシナモンロールやフランスのパン・オ・レザンなどですが、やはりドイツにもありますね。
それがこちら。「Schnecken(シュネッケン)」という名前の甘いパンです。
渦巻き形という点ではイタリアのボーヴォロに似ているものの、シュネッケンは渦巻きの間にくるみやレーズンなどの甘いフィリングが挟んであり、より小さな子どもたちに好まれそう。
決まり、今回はシュネッケン風でいきましょう。
あとはホットチョコレート。こちらはやはりココアではなく、たっぷりとチョコレートを使って濃く仕上げるタイプがイメージに合いそうです。なので、以前映画『ポーラー・エクスプレス』に登場するホットチョコレートを再現した際のレシピを参考にするといいかな。
あのレシピではクリスマスを意識してミント風味・ホイップクリームたっぷりのホットチョコレートを作りましたが、今回はどちらもなしで。
さてさて、今回もさっそく作っていきましょうか。
参考:子安美知子『エンデと語る: 作品・半生・世界観』朝日選書
ペーター・ボカリウス著・子安美知子訳『ミヒャエル・エンデ 物語の始まり』朝日新聞社
https://douwakan.com/dowakan/ende_about
https://www.italiaatavola.net/alimenti-bevande/2016/1/5/le-tipologie-di-pane-in-italia/42667/
金色の朝食を作ってみよう
ミヒャエル・エンデ『モモ』|マイスター・ホラの金色の朝ごはん
パイの形を整えるため、セルクルかミニホットケーキ用の型があると便利です
材料(手のひら大のシュネッケン風パイ4個分)
- シュネッケン用
パイシート_4枚
トッピング用のザラメ_少量
溶き卵(牛乳で卵黄を溶いたもの)_適量
- フィリング用
レーズン(グリーンレーズンがおすすめ)_40g
バター_20g
ザラメ_大さじ2
レモン汁_大さじ1
シナモン_小さじ1
ラム酒_数滴
- ホットチョコレート用
材料・作り方についてはこちらの記事を参照
作り方
- フィリングの準備
- シナモン以外の材料を耐熱ボウルに入れ、600Wのレンジに1分ほどかけてよく混ぜる
- 粗熱が取れたらシナモンを加え、さらによく混ぜればフィリングの完成
- 仕上げ
- オーブンを200℃で予熱しておく
- 1枚につき2mm程度の厚みになるようパイシートを伸ばし、そのうち2枚分にフィリングをまんべんなく塗り広げる
- フィリングを塗った上に残りのパイシートを1枚ずつ重ね、押さえるように軽く伸ばす
- 縦4等分になるようパイシートを細長くカットし、くるくると端から巻く
- 巻き終わった5の端にもう1枚シートを重ね、同様に巻く
- 巻き終わりを強めにつまんでくっつけ、全体に薄く溶き卵を塗ってザラメをふりかける
- 型に入れて天板にセットし、オーブンの中段で30分焼く
- 一旦取り出し、180℃に温度を下げたオーブンでさらに10-15分ほど焼けば出来上がり
- カップになみなみとホットチョコレートを注ぎ、熱々のパイと一緒に召し上がれ!
食後のヒトコト
バターの香りたっぷりのぱりっとしたパイ生地にレーズンフィリングの甘酸っぱさが加わったパンは、とても満足感のあるお味。パンを食べる合間にコクのある濃厚なホットチョコレートを一口含めば、お口の中はとろけるような甘さでいっぱいに。モモのような子どもなら、きっと虜になってしまいますね。
大人にはちょっと甘すぎて、「せめて飲み物は苦味強めのコーヒーがほしい……」なんて思ってしまいますが、焼きたてのお菓子の美味しさはやはり格別。甘い香りに満たされて、この上なく幸せなひとときを味わえます。
レシピではレーズンやシナモンを使っていますが、苦手な方、フィリングを作る手間を省きたい方なら伸ばしたパイシートにグラニュー糖を少し振りかけ、その後同じようにくるくると巻いて焼き上げたプレーンなタイプもおすすめ。
こちらは甘みも少ないから、モモのようにはちみつをたっぷりかけてぱくついてもいいかもしれません。
ところでエンデの母国であるドイツに次ぎ、世界で2番目に多く彼に関する資料を有しているのは意外にも日本の長野にある「黒姫童話館」だったりします。
黒姫山を臨む美しい高原に建つこちらでは、エンデ本人から寄贈された自筆原稿や愛用品などの貴重な資料が約2000点も収蔵されているとのこと。
エンデの他にも国内外の童話や絵本作家に関する数多くの資料を閲覧することができますし、館内のカフェ「喫茶 時間どろぼう」では特製の「失われた時間入りエビピラフ」という、ちょっと面白いフードメニューをいただくこともできるそう。
黒姫童話館の周辺にはピクニックや散策を楽しめる童話の森やハイキングコースなど、豊かな自然を満喫できるスポットが多いのも魅力的。お子さんと一緒にゆったり楽しめますから、ご家族でのお出かけには特におすすめですよ。