横溝正史が生み出した名探偵・金田一耕助が活躍する推理小説『悪魔の手毬唄』から、作中のある人物の庵に残されていたいなり寿司を再現。物語の舞台となる鬼首村は瀬戸内の小さな村であるため、西日本スタイルの五目いなりをイメージし、田舎風の味付けで仕上げています。
ヘルシー志向の真逆を行く味濃いめ・しっかり甘めのいなり寿司。今どきあまりないこっくりまろやかな味わいで、意外に病みつきになってしまうかも?
鬼首村の老人・放庵さんの小屋に残されていた食べ物とは
酒の肴に用意された三角形のいなり寿司
今回再現するいなり寿司は原作小説だけでなく、古谷一行が金田一を演じたドラマ版にも登場。
金田一が逗留先の鬼首村(おにこべむら)で知り合うことになる村の老人・放庵さんの小屋に設られた晩酌の食卓に、酒肴のひとつとして乗せられているのを目にすることができます。
行方不明となった放庵さんの行方を追うための手がかりとして取り上げられていたためか、ドラマ版では第2話・第3話と2回に渡って登場したこちら。
古紙を貼って作られた簡素なテーブルに、いなり寿司や芋と青菜の煮付け、また二人分の酒器が乗せられた様子が俯瞰からズームでしっかり映されていたのも印象的でした。
ちなみにこの放庵さんの食卓、『悪魔の手毬唄』の映像化作品として有名な市川崑監督の映画版では酒器に添えられた煮付けのようなものがちらっと映るだけですが、原作小説では細かく描写されており、「みかん箱に反古を貼ってつくった机のうえに、お銚子が一本、湯呑み茶碗がふたつ、川魚の付け焼き、豆汁のあとのこびりついた朱塗りのお椀がふたつ、わらびと油揚げの煮付け、ほかにいなりずしを一杯盛った皿。」といった感じで品数も豊富。
さすがに小説に書かれていた料理すべては登場しないものの、食卓の描写の細かさに、尺を長く使えるドラマ版ならではのこだわりを感じますね。
材料・調理法の考察
いなり寿司については地域によって特徴の差が大きいようで、特に目立つのが形の違い。
東日本と西日本では形が大きく異なり、俵型のいなり寿司が主流の東日本に対し、西日本では狐の耳を思わせる三角形に作るのが定番の形だそうです。
ここに鬼首村というのを地図のうえで調べてみよう。
そこは兵庫県と岡山県の県境にあたっており、瀬戸内海の海岸線からわずか七里たらずの距離だけれど、四方を山にかこまれて、あらゆる重要交通網から見はなされた、文字どおりの山間の盆地である。
引用:横溝正史『悪魔の手毬唄』角川文庫版
ドラマ版に登場していたのも三角形のおいなりさんでしたし、物語の舞台となる鬼首村の地理的な位置については原作で明確に示されていますから、いなり寿司については西日本風と見て間違いなさそうです。
中に詰めるごはんについても特色があり、東日本ではごまを混ぜた程度のシンプルなすし飯を詰めることが多いのに対し、西日本のいなり寿司は五目飯などで具沢山なのが特徴的。
鬼首村は瀬戸内の村ですから中身も西日本風に、にんじん・椎茸・れんこん・枝豆・ひじきなどの五目煮を混ぜ込んだものにすると良さそうですね。
あとは味付け。田舎風であることと、復興の兆しが見えはじめた昭和中期頃という時代も考慮すると、やはり味付けは甘め・濃いめ。今回は減塩や糖類オフなどはちょっと忘れて、しょうゆ味濃いめ・しっかり甘めのいなり寿司を作ることにしましょう。
参照:https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/culture/wagohan/articles/2301/spe13_03.html
田舎風の五目いなりを作ってみよう
金田一耕助シリーズ『悪魔の手毬唄』|鬼首村の五目いなり寿司
材料(10個分)
- 五目いなり用
いなり寿司用油揚げ_10個分
にんじん_1/4本
れんこん_1/4節(50g程度)
しいたけ_1個
枝豆_20粒(20g程度)
ひじき_3g
- 五目煮の調味用
しょうゆ_大さじ2
砂糖_大さじ1+1/2
みりん_大さじ1
- いなり揚げの煮汁用(油揚げから用意する場合)
油揚げ_5枚
☆出汁_150ml
☆しょうゆ_大さじ1
☆砂糖_大さじ1
- すし飯用
ごはん_1合分
酢_大さじ1+1/2
砂糖_小さじ2
塩_ひとつまみ
- その他の材料
紅しょうが_お好みで
作り方
- いなり揚げの準備
- 沸騰したお湯で油揚げを2-3分ほど茹でて油抜きをし、ざるに上げて水気を切っておく
- 菜箸で油揚げを上から押さえつけるように転がした後、半分に切って中を開き袋状にする
- 油揚げを鍋に並べ、☆の調味料を加えて中火にかける
- 沸騰したら弱火に落とし、15分ほど煮含めればいなり揚げの完成
- 具材の準備
- ひじきはたっぷりの水に20分ほど浸けて戻し、ざるに上げ水気を切っておく
- れんこんは1/8にカットして薄切り、にんじん、しいたけは粗めのみじん切りにしておく
- 鍋に具材と五目煮の調味料を入れて中火にかけ、沸騰したら弱火に落として汁気を飛ばすように10分ほど煮る
- すし飯の準備
- ボウルなどにすし酢の材料を全て入れ、よく溶かしておく
- 炊き立てのごはんにすし酢を回しかけ、しゃもじでさっくり切るように混ぜ合わせる
- 仕上げ
- 粗熱が取れたすし飯に五目煮を混ぜて10等分にし、一口大に丸めておく
- 煮汁を切った油揚げを開いて1を端まで詰め、開いた口の部分を合わせて折り込み三角形に整える
- 軽く握って形を整えたら完成。お好みで紅しょうがを添えて召し上がれ
ポイント
- 正方形の油揚げは関東で手に入りにくいため、レシピでは長方形の油揚げを使って三角形に成形しています。正方形の油揚げが手に入るなら、油揚げを対角線で切って使うのがおすすめです。
食後のヒトコト
お出汁を吸った油揚げに具沢山のすし飯が入った五目いなりはこっくり甘く濃い味付けで、一つでも満足感たっぷり。放庵さんのように酒の肴にするだけでなく、お茶請けにもぴったり。渋く淹れた煎茶と相性抜群です。
通夜振る舞いの定番料理であるため、作中では手毬唄の童謡になぞられた事件の被害者・由良泰子の通夜の晩にも出され、ここでも事件の謎を解くアイテムとして取り上げられるいなり寿司。それにしても、いなり寿司にこんなにスポットが当たる作品って他にあるだろうか……?
グルメで知られる同時代の作家・江戸川乱歩とは逆に、食にあまりこだわりのなかった横溝正史作品でこんなにも食べ物にスポットが当たっているのは少し不思議な気もしますが、逆にこだわりが薄いからこそ、作品を構成する要素として客観的に捉えられたのかもしれませんね。