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アガサ・クリスティーのトミーとタペンス|ウェルシュ・レアビット

1890年の9月15日は、ミステリの女王アガサ・クリスティの誕生日。

この日にちなんで作るのは、彼女が生み出した愛すべき夫婦探偵「トミーとタペンス」シリーズの短編小説に登場する一皿です。

アガサ・クリスティの人気シリーズ・トミーとタペンスに登場する食事

『おしどり探偵』に出てくるボヘミアンな軽食

『おしどり探偵』は夫婦の私立探偵が登場するクリスティの短編小説集。好奇心旺盛な妻のタペンスと冷静な夫のトミーのコンビが活躍する、探偵ものの物語です。

新訳版を読んだせいもありますが、クリスティの小説としては軽やかなタッチ。主人公二人のキャラも個性的でストーリーも短編ならではのテンポで進むため、読みやすい一冊です。

ポワロやミス・マープルの陰に隠れがちではありますが、アガサのデビュー当時から晩年まで、ずっと続いてきたシリーズ。初登場時20代の若夫婦だった二人が読者とともに歳を重ねていくため愛着がわき、熱心なファンも多かったようですね。

アガサ・クリスティの他の小説のように重厚な雰囲気はありませんが、旅好きでグルメな彼女の嗜好はしっかり反映されており、本作にも印象的な料理が登場します。

「わたしはハート三枚で。十二回。スペードのエース。キングを出し抜く必要あり。」

「ブリッジを習うには金のかかる方法だな。」トミーが意見をのべた。

「バカおっしゃい。ブリッジは全然関係ないわ。いいこと、わたしはある女性と昨日〈スペードのエース〉でお昼を食べたのよ。チェルシーにある風変わりな地下の穴蔵みたいなお店なの。彼女の話だと、近くで夕方から大きな催しがあったりすると、あそこでベーコンエッグとかウェールズ風トースト(ビール入りピザトーストのようなもの)とか――そういうボヘミアン的なものを食べるのが流行りなんですって。衝立で囲ったボックス席もあるの。とても刺激的な場所、といえるわね。」

「で、きみの考えは――?」

「ハート三枚というのは明日の晩のスリー・アーツ舞踏会のこと。十二回というのは十二時。スペードのエースは〈スペードのエース〉」

引用:アガサ・クリスティー・坂口玲子訳『おしどり探偵』早川書房クリスティー文庫

「わたしはハート三枚で――」からはじまる謎めいた新聞の投稿文を眺めながらタペンスが話題にしているのは、若者たちがイベントなどの後に軽食をとりに訪れるトレンドスポット的なクラブ〈スペードのエース〉について。

パーティーなどで遊び疲れた後に、ベーコンエッグや「ウェールズ風トースト(Welsh Rarebit)」のような軽食をとるのがおしゃれだったようですね。

ちなみにスリー・アーツ舞踏会とは、今も続く実在のアート支援団体「スリー・アーツ・クラブ※」が主催していた仮装パーティーのこと。

※当時男性中心だった美術界へ、女性の参画を促進する目的で設立されたアートの支援団体

シカゴやパリにも支部がある世界的な組織で、ロンドンでもこの舞踏会のようなイベントを数多く開催していました。

ロイヤルアルバートホールのアーカイブ

当時開催されていた仮装パーティーのフライヤーなども見ることができます

「スリー・アーツ舞踏会」って字面だと古めかしく思えますが、世間で話題のアート団体スリー・アーツ主催のイベント……って書くとぐっと身近な印象です。

なんというか、流行って今も昔もあまり変わらないんだなあ。

ビール入りのチーズトースト?「ウェルシュ・レアビット」とは

それはさておき、最先端スポットで食べる料理の一つとして名前が挙がった「ウェールズ風トースト(Welsh Rarebit)」については、たっぷりのビールなどで風味づけしたチーズソースをかけたトースト、といったところでしょうか。

注釈のビール入りピザトーストというのは実物とだいぶ違うように思いますが、簡潔に説明しようとするとそうなるのかな……。微妙ですが。

料理自体は昔からあるもので、18世紀の料理本にもその名前を目にすることができます。

ウェルシュ・レアビットはもともと「Welsh Rabbit」と綴っていたようで、上記の料理本ではスコッチ・ラビットやらイングリッシュ・ラビットなる類似バージョンも一緒に紹介されています。

ところでうさぎは影も形も見当たらないけれど、なぜ「ラビット」なのでしょう?

これについては未だに謎とのこと。うさぎが手に入らなかったウェールズの人たちがチーズとパンで代用した……などの説があるようですが、詳しくは分かっていません。

材料の考察

さて、チーズソースをかけたトーストというシンプルさゆえ、アレンジが色々あるウェルシュ・レアビット。

18世紀から現在までのレシピをいくつか見てみたところ、材料としては以下がポピュラーなようです。

  • 食パン
  • チェダーチーズ
  • エールか黒ビール、牛乳
  • マスタード

今回は若者が集まる「ボヘミアン」的なクラブ(この時代のボヘミアンは、今で言う「サブカル」に近い気がします。)で出されるウェルシュ・レアビットなので、お行儀がいい伝統的な感じではなさそう。味濃いめでちょっとスパイシーなのがイメージかなと。

まずソース。牛乳を使うレシピもあるようですが、刺激的からは外れるイメージなので、ここはギネスなどの黒ビールで。

後はマスタードだけでなく、唐辛子系の辛みと香りも加えてスパイシーにすればそれっぽいかな?

さくっと出揃ったので、「ボヘミアン」的な刺激が得られるようレシピを組み上げていきましょう。

ウェルシュ・レアビットを作ってみよう

黒ビールとスパイス入りのチーズソースは奥深い味わい。
一手間加える価値ありです。

アガサ・クリスティーのトミーとタペンス|ウェルシュ・レアビット

材料(2-3人分)

  • 食パン 2-3枚

  • シュレッドチーズ(チェダーチーズがおすすめ) 200g

  • 黒ビール 100ml

  • 卵 1個

  • 小麦粉 大さじ1

  • バター 適量

  • ☆マスタード(粒でも練りでもOK) 小さじ2

  • ☆ウスターソース 小さじ2

  • ☆パプリカ 小さじ1/4

  • ☆チリペッパー 適量

  • ☆タバスコ 7-8滴

  • 粗挽き黒こしょう 適量

作り方

  • 食パンは軽くトーストし、バターを塗っておく
  • 鍋にビールとチーズを入れ、弱火で溶かす
  • チーズが溶けたら一旦火から降ろして小麦粉をふるい入れ、☆の調味料も加えてよく混ぜる
  • 溶きほぐした卵を少しずつ加えてよく混ぜる(卵が固まってしまわないよう、欲張らず少しずつ)
  • 再び弱火にかけて撹拌し、もったりしたソース状にする
  • 食パンにソースをたっぷり塗り、オーブントースターで焦げ目がつくまで焼けば出来上がり。お好みで粗挽き黒こしょうを振りかけて召し上がれ

ポイント

  • 食パンの代わりに薄く切ったバゲットで作れば、一口サイズのおつまみにも!

食後のヒトコト

ナイフで切って口に運んでみると、濃厚な味の、大人のチーズトーストといった感じ。

黒ビールとチェダーチーズが合わさったコクのあるソースに焦がした風味も加わって、奥深い味わいになってます。

チーズと卵がまろやかなので、チリペッパーとタバスコは多めでも良さそう。私は下戸なので飲めないんですが、これはビールに合うだろうなあ。

作中でトミーとタペンスは食事にありつく前に事件に遭遇してしまいましたが、ソースを冷凍しておけば、探偵さんのように忙しい人でも一味違うチーズトーストを好きな時に楽しめますね。

それにしてもこのトミーとタペンスシリーズ、何度か映像化されてるんですが、アニメ化したら意外に受けそうな気もするなあ……。キャラもたっているし、第一次大戦が終わって世の中が活気づいていた時代のイギリスなので文化やファッションも描きがいがあるだろうし。

愛すべき探偵カップルのアニメ化を妄想しながら、今回もごちそうさまでした。

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  • この記事を書いた人

宵闇

作者の心情や時代背景などを頭でっかちに考察しつつ、物語や歴史に登場する料理を作っています。お仕事のご依頼等については、お問い合わせフォームもしくはinfo@saigengohan.comよりどうぞ。

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