スティーブン・キング原作の傑作サイコサスペンス映画、『ミザリー』。歪んだファンの狂気に翻弄される作家の姿が描かれていますが、「食」の風景に注目してみると、また新たな面が見えてきます。
さっそく作って、味わって、作品を感じていきましょう。
ミザリーのヒロイン(?)アニー嬢の手料理とは
アニー嬢の朝食はスクランブルエッグが特徴的

映画では人気小説家のポールが事故で瀕死の重傷を負い、熱狂的なファンであるアニー・ウィルクスの自宅に看護という名目で留め置かれることになります。
物語はアニー宅での出来事が大半を占め、食事風景も少なからず登場するのですが、中でも印象的なのが朝食のシーン。
メニューについては以下の通り。ボリューミーではあるけれど、朝食の献立としては常識的な印象です。
「ウィルクス風」スクランブルエッグ(赤と緑のピーマン・オニオン入り)
焼いたスパム
ベイクドポテト
ブルーベリージャムを塗ったトースト2枚
アップルソース
オレンジジュース
これらが家庭的な雰囲気の器に盛り付けられ、ファンシーな造花を添えたトレイで出てくるんですね。
ただしこの朝食の席で、ポールははじめてアニーの「かんしゃく」(かんしゃくというには度を過ぎたキレ方なのですが、それは置いておいて)を目にすることになります。
以降、どこにスイッチがあるのか分からない彼女の狂気が炸裂しまくるため、かわいらしいカントリー風のテーブルウェアとの対比も相まって、静かな狂気を感じ始めるシーンです。
材料・調理法の考察

さてさて、静かな狂気のはじまりを感じさせる朝食に登場するのは、卵にピーマンやパプリカ、スパムミートにりんごといった食材たち。
スクランブルエッグと、アップルソースを作るための材料がメインですね。
まずはアップルソース。そのまま離乳食やおやつに、またポークチョップなどのタレにも使える汎用性の高さで、アメリカやイギリスの家庭で親しまれているソースです。

作り方はとても簡単で、くし形に切ったりんごを加熱し、潰してピュレ状にするだけ。日本のりんごは甘味が強い品種が多いので、お砂糖なしでも十分甘く仕上がります。
アップルソースの他は、彩りとしてパプリカやピーマンが加えられたスクランブルエッグに、ベイクドポテトと焼いたスパムミート。
劇中での彼女の描かれ方からして特別な調理法を用いている訳ではなさそうですから、ごく一般的な方法で作りましょう。
それでは早速スタート。
ミザリー|ウィルクス風スクランブルエッグのある朝食
材料(1人分)
- アップルソース用
りんご_1個(ふじなど生食に向いた品種でOK)
レモンジュース_小さじ1
- ベイクドポテト・スパム用
じゃがいも_1個
スパムミート_2切れ
- ウィルクス風スクランブルエッグ用
卵_2個
ピーマン_1/2個
パプリカ_1/8個
玉ねぎ_1/8個
牛乳_大さじ2
塩こしょう_適量
- その他の材料
食パン_2枚
ブルーベリージャム_お好きなだけ
オレンジジュース_お好みで
作り方
- アップルソースの準備
- りんごは皮を剥いていちょう切りにし、耐熱容器に入れレモンジュースで和えておく
- 600Wのレンジで5分ほど熱し、一度取り出して混ぜさらに5分加熱する
- ピュレ状になるよう果肉をフォークなどで潰せば出来上がり
- ベイクドポテト&スパムの準備
- じゃがいもは皮付きのままくし切りにし、スパムは7-8mmほどの厚さにスライスしておく
- じゃがいもを600Wのレンジに1-2分ほどかけ、サラダ油(分量外)をまぶしてスパムと一緒にオーブントースターで10分ほど加熱。表面に軽く色がつくまで焼き上げる
- ウィルクス風スクランブルエッグの準備
- 玉ねぎ・ピーマン・パプリカは粗みじん切りにしておく
- 卵をボウルなどで白身を切るように溶きほぐし、牛乳・塩こしょうと合わせておく
- フライパンにサラダ油を引き、中火で野菜を軽く炒める
- 野菜がしんなりしたら卵液を流し入れ、フチの部分が固まってきたら中央に寄せるように大きくかき混ぜる(細かく混ぜすぎないよう注意)
- 半熟の状態で火を止め、フライパンから皿に移して出来上がり。ベイクドポテトとスパムも一緒に盛り付けて召し上がれ
ポイント
- アップルソースは香り付けにラムやブランデーを加えたり、シナモンを振るのもおすすめ。冷たい状態でも温めても美味しくいただけます。
食後のヒトコト

スクランブルエッグのお皿に焼き上げたスパムとポテトを盛り付け、ブルーベリージャムをたっぷり塗ったトースト2枚にアップルソース、オレンジジュースも配置。
劇中のアニー嬢宅はかぎ針編みのレースや、ロマンティックな花柄などを多用したカントリーテイストのインテリアが目立ったため、そのイメージでテーブルランナーはレースのものに。もちろん造花も添えています。
私はかわいらしい系のインテリアが苦手なのでちょっとむずむずしましたが、これだけを見ると「素朴なアメリカのお母さん的朝食プレート」という雰囲気で悪くありません。
ではでは、さっそくいただいてみましょう。
予想通りと予想外が半々という感じ。スパムの塩気とジャムたっぷりトーストの甘さが目立つのですが、スクランブルエッグとアップルソースの味付けを控えているので甘さとしょっぱさのバランスがちょうどよく、美味しくいただけます。
ただこのスパムは、日本向け製品をさらに減塩したレスソルトタイプ。ジャムも同様に甘さを抑えた日本企業のものですから、アメリカ本国で作られている製品を使った本作のメニューではもっと塩気が強く、甘みもくどいと思われます。
にしても、量が多いなあ……。
満腹になることを見越してブランチとしていただいたのですが、お腹いっぱいいっぱい。
しばらく動きたくないくらいです。

ちなみに物語の後半でポールを監禁して書かせた小説『ミザリー』が完成した際、アニーは脱稿後の儀式にたしなむ3つのもの(タバコとマッチに、ドン・ペリニヨン)を用意してもらえるよう、彼から頼まれます。
この時にアニーは「ドン・ペリニヨン(Dom Pérignon)」をフランス語として認識できず、「ドン・ペリグノン」と堂々と言い放つ(彼のインタビュー記事などを読んで、字面としては知っていた模様)のですが、これが結構印象的。
彼女の人となりを窺い知る上で、無視できないものになっています。

ようは彼女、あまり物を知らない人物として描かれているんですよね。
さらにこの後のシーンでお祝いのディナーとしてごく普通のミートローフを作っちゃうところも、彼女の「見聞の狭さ」という面を強めているなあと。
ミートローフはアメリカで親しまれている家庭料理ですが、いかんせんド定番のメニュー。
大人向けの晩餐の一皿として気が利いているか……というとちょっと疑問です。焦がれるほど憧れていた作家の、しかも自分が書かせた物語の完結を祝う席のごちそうな訳ですし。
ドンペリ買えるあたり、お金も無いわけじゃないだろうになあ。

もう一つ。彼女が普段からあまり料理をしない・できない人物として描かれていたなら、これも物知らずを印象付ける要素にはならなかった気がします。料理下手の人が一念発起して作るものなら、ミートローフはごちそう扱いで全然おかしくない。
でも他に登場するいくつかのシーンを見る限り、彼女料理自体は割とマメに作るキャラクターなんですよね。なので、純粋に自分が家庭で食べてきた料理以外あまり知らないし、知ろうともしてこなかったのではないかなと。
もともとの性質もあるのでしょうが、一人の作家に固執して狭い世界に閉じこもり、精神的な成長や教養を得られないまま歳を重ねてしまったことが背景にあると思うと、少し悲しい気持ちになるところです。

問題の多いパーソナリティで勤務先で数々の事件を起こしてきたにせよ、アニーは看護師だったという設定なので、「物を知らない」というキャラクター付けにはちょっと違和感を覚えるところではあります。
彼女がなぜあのような人になってしまったのか、という点については劇中だと最後まで分からず終いなのですが、2019年に製作されたドラマ『キャッスルロック:ミザリー ~殺人へのシナリオ~』では、本作に至るまでの彼女の軌跡が描かれているそう。
私はまだ未チェックですが、彼女の人物背景についても掘り下げられているようなので、ドラマを鑑賞してからもう一度本作を見返してみると、また新たな発見を得られるかもしれませんね。