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風立ちぬ/エスコフィエによる料理の手引き|クレソンとポテトのサラダ

今回作るのは、スタジオジブリ制作の『風立ちぬ』に登場するクレソンのサラダからヒントを得たもの。

主人公の堀越二郎が軽井沢のホテルで出会う謎のドイツ紳士、カストルプが嬉しそうに食べていたあの一皿です。

「草軽ホテル」でドイツ紳士が食べていたクレソンのサラダ

謎のドイツ紳士・カストルプお気に入りのクレソン「だけ」サラダ

万平ホテル・上高地帝国ホテルがモデルといわれる草軽ホテルで二郎が出会うのは、刈り上げ頭に目力がやたらと強いドイツ人男性。

ホテルの食堂のシーンで、大きなボウルにクレソン「だけ」をたっぷりと盛ったサラダをぱくついている彼の姿が印象に残っているという人も多いのでは?

ディナーだけでなく朝食の席でも注文していることが確認でき、よほど気に入っているようです。

このクレソンのサラダ、画面を見るかぎりビネガーもオイルもかかっていない、まったく素の状態っぽいんですよね。

きれいな水で育ったクレソンは苦味も穏やかですし、軽井沢の湧水で育ったクレソンは大変みずみずしく美味しいとは聞きます。

でもいくら美味しいクレソンとはいえ、何もかけずそれだけを大量にむしゃむしゃ食べるというのはあまり普通ではない行動かなと。

カストルプについては第一次大戦時に暗躍したソビエトのスパイ・ゾルゲがモデルでは? ともささやかれているそうで、スパイもしくはその疑惑がある人物ではある様子(後のシーンで、軽井沢休暇直後の二郎が特高にマークされる様子が描かれています)。

※特別高等警察の略。政治運動思想を取り締まる当時の秘密警察のこと

「スパイのような怪しげな人物である」という彼の特異性を印象づける演出の一つなのだろうなと思いますが、それにクレソンのサラダを使うって面白いですね。駿監督のセンス、素敵だなあ。

サラダは贅沢な西洋料理

ところで二郎が生きた大正末期〜昭和初期に、「サラダ」という料理は一般的だったのでしょうか?

答えはノー。洋食自体まだ珍しかったのに加え、現在のように輸送技術も発達していなかったため、傷みやすい生野菜を使うサラダは贅沢品だったと考えられます。

ただしこれはあくまで、一般庶民の食生活でのお話。

明治の開国により横浜や神戸などに外国人居留地が置かれてからというもの、外国人向けに洋食を出す食堂も増えていきます。

海外の要人をもてなすための本格的な西洋式ホテルも、この頃に登場。

サラダも含めた本格的なフランス式の西洋料理が盛んに研究され、各ホテルでは国内外の上流層の人々が当時最新の料理を味わっていました。

※参考:https://www.ndl.go.jp/france/jp/column/s2_1.html

ちなみに昭和初期の帝国ホテルといえば、近代フランス料理の父と呼ばれるオーギュスト・エスコフィエに師事した、石渡文治郎が総料理長を務めていた時代

※参考:https://cuisine-kingdom.com/imperialhotel/

帝国ホテルでは石渡料理長よりさらに前、4代目料理長の頃からエスコフィエのレシピを研究していたそうなので、系列の上高地帝国ホテルで提供されるメニューについても影響を受けていたことは想像に難くありません。

『Le Guide culinaire』からクレソンを使ったサラダを探そう

ということで、本日はそのエスコフィエの料理書からサラダを作ります。

彼の著作『Le Guide culinaire』については英訳版が公開されているため、そちらを確認。

サラダの項目を見ると……。あった! 「SALADE CRESSONNIÉRE(クレソンのサラダ)」の記述が見つかりました。

作り方などについて細かく書かれておらず、材料を中心に簡単に記載されているだけなのは料理人のレシピゆえでしょうか。

ともあれ材料は判明。クレソンと生のハーブに、ポテトを加えたサラダという感じですね。

  • クレソン
  • じゃがいも
  • チャービル
  • パセリ(フランスのレシピでパセリといえば一般的にイタリアンパセリのこと)
  • こしょう

ところで使用するハーブについて、アーカイブで読める1903年と1907年の原本にはパセリとだけしか書かれていないんですが、英訳された1909年のレシピにはチャービルとパセリ両方登場している様子。

エスコフィエの料理書については彼の存命中に4回改訂されているので、07年版の後で修正が入ったのかな?

最近はスーパーのハーブのコーナーで、生のイタリアンパセリやチャービルも手に入りやすいと思います。

ハーブについては組み合わせて使った方が個々のクセが抑えられ食べやすくなるので、よほど苦手ということでなければ両方加えるのがおすすめです。

じゃがいもについては日本のポテトサラダだと潰したものを使うレシピが多い印象ですが、世界的に見るとポテトは潰さないものが大半。

フランスのポテトサラダも同様なので、じゃがいもは潰さず加えることにします。

ドレッシングについては触れられていないのですが、他のサラダの項目でも「ヴィネガーとオイル、それにハーブで味を付ける」程度の記述しか見当たりません。

なので、今回のサラダもそれにならって味付けはシンプルに。

生もしくは生に近い野菜を使った料理はそれだけで贅沢だから、サラダについては余計な味付け不要ということなのかもしれませんね。

エスコフィエ風クレソンポテトサラダを作ってみよう

一流料理人のメニューなので、下ごしらえの方法などレシピ外のあれこれがあるはず……。
気軽な再現料理なので、そこは目をつむって。

風立ちぬ/エスコフィエによる料理の手引き|クレソンとポテトのサラダ

材料(2人分)

  • クレソン 1束

  • じゃがいも(メークインなどの崩れにくいものがおすすめ) 中2個

  • チャービル 3-4枝分

  • イタリアンパセリ 3枝分

  • 卵 1個

  • 酢 大さじ1

  • オリーブオイル 大さじ2

  • 塩 小さじ1/4

  • こしょう 適量

作り方

  • お酢に塩とこしょうを入れて攪拌し、塩が溶けたらオリーブオイルも加えて混ぜドレッシングを作る
  • 卵は10分ほどボイルしてゆで卵にし、黄身と白身に分けてそれぞれみじん切りにしておく
  • クレソン・チャービル・イタリアンパセリは細かく刻んでおく
  • じゃがいもは洗い、水を切らず皮付きのままラップで包んでレンジで5-7分ほど蒸し、皮を剥いて輪切りに
  • ボウルにじゃがいもと刻んだハーブ・ゆで卵の白身を入れ、ドレッシングの半量ほどで和える
  • 皿に盛り付け、上から黄身を散らして出来上がり。好みに応じてドレッシングをかけながら召し上がれ

食後のヒトコト

カストルプと同じく私もクレソンは大好物。スープやチキンサラダなどでよく食べるのですが、ポテトと合わせて作ったのは初めてでした。

レシピからして絶対美味しいだろうなと思いましたが、その通り。

クレソンとハーブの香りをまとったじゃがいもが爽やかな、シンプルながら贅沢な味わいの一皿に仕上がりました。

それにしても休暇中に素性の知れない外国人と接触しているわけなので、当時の世相的にそれだけで特高に目を付けられてもおかしくないはず。

なのに二郎ときたら、会社の上司に「全く身に覚えがない」って言い切っているんですよね。

上司からの追及をかわすためとぼけたわけでもなく、本当に身に覚えがないと思ってるっぽくて「二郎さん、軍用機も製作している技術者が得体の知れない外国人と接触(しかも2人きりで割と長く話している)してたら疑われるのが当然では?」と、つっこみたくなりましたが。

他のシーンでも時折ふんわりな発言を繰り返しているので、航空技術については天才的だけれど他のことには頓着しない、浮世離れした人物なんだなとしみじみ……。

もっとも、夢の世界に生きる彼が主人公だからこそ『風立ちぬ』の物語はあれほど美しいものになったのだろうなと。

美しい物語の余韻に浸りながら、今回もごちそうさまでした。

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  • この記事を書いた人

宵闇

作者の心情や時代背景などを頭でっかちに考察しつつ、物語や歴史に登場する料理を作っています。お仕事のご依頼等については、お問い合わせフォームもしくはinfo@saigengohan.comよりどうぞ。

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