今回はロシアの吸血鬼映画『ナイト・ガーディアンズ』を手がかりに、ボルシチについて掘り下げていきます。
作中に登場する一皿ではないのでちょっと変則的ですが、間違いなく映画製作国のロシアで親しまれている煮込み料理のボルシチ。血のように真っ赤なスープを口にすれば、吸血鬼気分を味わえるかも?
『ナイト・ガーディアンズ』の舞台・ロシアの伝統料理とは
ロシア・東欧諸国のお袋の味・ボルシチ
ロシア料理の代表格として、すぐに名前が挙がるであろうボルシチ。
実はロシアでなく、お隣の国であるウクライナ発祥の料理だということはご存じでしたか?
日本食に例えると、味噌汁のように家庭で手間をかけず作れる煮込み料理であるボルシチ。ロシアを含め、ベラルーシやポーランド、ルーマニアなどの近隣諸国でも広く親しまれています。
日本では「ウクライナ」よりも「ロシア」と言った方が通じやすかったため、ロシア料理として有名になったというところでしょうね。
上記のウクライナ料理に関するメディアでも紹介されているように、ボルシチについてはビーツを使った赤いタイプのほか、タデ科の野草であるスイバを使った緑のボルシチや、麦を加えた白いボルシチも存在します。
ただ、古スラブ語でボルシチを意味する「бърщь」が「буряк(ビートルート)」と訳されていたという記録があるように、昔からビーツを加えた赤いスープのものが定番ではある様子。
劇中ではテーブルについて食事をするシーンを確認できなかったのですが(そもそもグールの吸血によるお食事シーン以外、冒頭で主人公がサンドウィッチを立ち食いしているところくらいしか食事風景は無かったような……。)、前述したようにボルシチは日本でいうところの味噌汁のような定番料理。
お母さんと一緒に暮らす主人公のお家でも、日常的に食卓に上がっていることが予想されます。
ボルシチに欠かせないビーツとは
鮮血を思わせる色からの連想でしょうか、ビーツは古来から人の体にさまざまな良い効果を与えると考えられていたようです。
古代ローマの時代には利尿剤や解熱剤として、また媚薬としても用いられていたとの話も。※1
ルネサンス期のイタリアで印刷刊行された最古の料理本、『Dehonesta voluptate et valetudine』※2 でもビーツについて触れており、著者である人文主義者のプラティナ(バルトロメオ・サッキ)も、ニンニクのニオイを抑えるためにビーツを一緒に食すと良いと推奨していたそうで。
さて、一見するとカブの仲間のようにも見えるビーツですが、その実はほうれん草と同じヒユ科に属する野菜。
昔の人々が体に良いと考えていたのも単なる思い込みではなく、実際にビタミン類や抗酸化力の強い色素成分の一種・ベタシアニンなどを豊富に含んでいるんですね。※3
伝承や物語に登場する吸血鬼については、「生きていた頃に口にしていた食物は全く受け付けず、人間の血肉しか喉を通らない」といった存在であることも多いかと思いますが、映画の中ではグールの食性について明らかにされてはいませんでした。
でも、一部の創作物ではトマトジュースを血の代わりに飲む吸血鬼……なんていうのも登場しますよね。
19世紀のアメリカでビーツは「Blood Turnip(血カブ)」 ※4 の名で呼ばれていたという経緯もありますし、濃い赤紫色の果肉は、トマトよりむしろ血のイメージに近いかも。
作中では、主人公が巻き込まれた事件前までグール達も人間との協定を守って暮らしていたというセリフも確認できますし、『ナイト・ガーディアンズ』世界の魔物たちも、意外と人に混じってボルシチを口にしていたりするのかもしれません。
参考資料
※1 https://www.natureta.si/en/articles/10-beetroot-mysteries/
※2 https://www.historyofinformation.com/index.php(実業家にして、希少本の収集家でもあるジェレミー・ノーマンによるサイト。グラフィカルなタイムラインで情報とメディアに関する歴史を追えます。楽しい。でも重い……。)
※3 https://www.nippn.co.jp/BrandB/vegetable/column/feature_02/index.html
https://fooddb.mext.go.jp/index.pl
※4 https://www.seedsavers.org/early-blood-turnip-beet(米国最大のシードバンクNPOのサイト。19世紀当時のアメリカで栽培されていたビーツの種を、現在でもオンライン購入することができます。)
材料の考察
現在もロシアや東欧諸国で広く食べられている料理のため、今回特に材料の考察は必要なし。
一般的に使われている材料で、ごくごくオーソドックスなボルシチを作ります。
ビーツが特徴的ではありますが、後は豚肉に玉ねぎ・キャベツ・にんじん・セロリ・じゃがいも・トマト缶と、なじみ深い食材ばかり。
風味づけにローリエを入れるものの、調味料もコンソメと塩こしょうのみ。特に変わったスパイス等も要りません。
ビーツの水煮缶であれば通販で購入しやすく下処理もいらないので、なるべく手をかけたくないなら水煮を使ってもいいですね。
さてさて材料が一通り揃ったら、今回も調理開始です。
ボルシチを作ってみよう
ナイト・ガーディアンズ|血を思わせる真っ赤なボルシチ
材料(4人分)
豚バラ肉 250g
下茹でしたビーツ 1/2株分(100g程度・水煮缶でもOK)
玉ねぎ 中1個
にんじん 1本
じゃがいも 2個
セロリ 1/3本
キャベツ 1/8個
にんにく 1片
ホールトマト 1/2缶
白ワイン 1/2カップ
コンソメキューブ 1個
ローリエ 1枚
塩こしょう 適量
作り方
- 豚肉は一口大、玉ねぎ・にんにくはみじん切り、にんじん・ビーツ・キャベツは細切り、じゃがいも・セロリも小さめにカットしておく
- 鍋にサラダ油(分量外)を引き、豚肉を炒めて焼き色を付ける
- 豚肉に火が通ったら、玉ねぎ・にんにく・セロリを加えて炒める
- 玉ねぎが透き通ってきたら、にんじん→キャベツの順にさらに炒める
- 野菜に火が通ったら、ビーツとカットトマトを加えてひと混ぜする
- 具材が被るくらいの水(分量外)に白ワイン・コンソメ・ローリエを加え、弱火で15分ほど煮る
- じゃがいもを入れて15-20分ほど加熱し、塩こしょうで味を整えたら出来上がり
ポイント
- 好みでディルかパセリを散らし、現地のボルシチにつきもののスメタナ(サワークリームの一種)代りに水切りヨーグルトを添えるのもおすすめ。まろやかさが加わります。
食後のヒトコト
白い器に盛り付けたおかげで、スープの色がいっそう際立ちます。細切り野菜で煮込み時間もそれほどかけていないのに、じゃがいもが見事に真っ赤。ビーツの色素すごい……。
トマトだけではこんなに濃い赤色は出ませんし、なかなか壮観です。
ちなみにお気づきだと思いますが、ボルシチを作る大筋の手順自体はカレーやシチューのそれと変わりません。
むしろルーの濃度などを気にしなくていいので、より簡単。野菜たっぷりで体にもいいため、お料理初心者さんにもおすすめできます。
とはいえ、なじみのないビーツをいきなり買って持て余すのが不安なら、自分で作る前にレストランで味わってみるという手も。
銀座にある日本で最初のロシア料理レストラン、ロゴスキーのボルシチは私も大好き。
オンラインショップもありますし、デパートでの催事も頻繁に行なわれているようなので、プロの味を確かめてから挑戦してみるのも良さそうですね。